港町として知られる横須賀市で古銭のお手入れを考える
約27キロ平米という規模の小さい大和氏ですが、人口密度は1キロ平米あたり約8,700人にも上る、賑わい豊かな地に他なりません。県のほぼ中央部に位置しているため、各方面へのアクセスにも適しています。隣接しは、横浜市・座間市・相模原市・綾瀬市・藤沢市・海老名市のそれぞれ、また北部の一部で東京都町田市にも触れています。神奈川県の主要市横浜、そして都内それぞれに出向きやすいため、それぞれへの通勤率も近い割合となっています。
都市的な印象が強いかもしれませんが、実は自然スポットが充実しているという特徴がみられます。泉の森や大和ゆとりの森、また緑道として整備された大和歩行者専用道など、寛ぎに適した場所が少なくありません。通勤のための居住地としてはもちろん、家族で長く住まう土地としても、魅力的に感じられるでしょう。
1891年よりすでに大和村という村があり、現代の市名はそこからつけられています。かつての歴史を振り返るというのは、何とも豊かな気持ちにさせてくれるものです。古銭にもまた、そのような魅力が感じられてなりません。歴史をひもとけばひもとくほど、深みが増してくるでしょう。
かつて貨幣という概念がまだ存在していなかった時代、貝がその代わりとなっていました。ですが、中国の貨幣文化が伝わることで、日本でも次第に金属のお金が使われるようになっていきました。元祖となったのは、708年遣唐使にて伝わった開元通宝をもとに作った、和同開珎です。以後250年、さまざまな派生をしつつ使われ続けました。計12種類が作られ、それらは皇朝十二銭と称され高い価値を有しています。
ですが10世紀末になると、銅不足や政府の弱体化が影響し、またかつての物々交換に逆戻りします。のち、平安時代に入りまた景気が回復し出したことで、乾元大宝、永楽通宝などが生み出されました。以後、途切れることなく貨幣文化は続き、そして現代へと至っています。知れば知るほど奥深い古銭の世界、同じく長い歴史を有する、神奈川県大和市で見つめ直してみてはいかがでしょう。